そしてフェリシアはエルバートの手の体温を感じつつ、流星群を見つめた後、手を離し、芝生に隣同士で座る。
するとエルバートが手を重ね、ゆっくりと唇が重なり、両目を瞑った。 * * * しばしの甘い一時(ひととき)は過ぎ、テントに戻る為、ふたりで山を降りる。 思いもよらなかった2度目のキスに動揺が収まらない。 エルバートの顔すら見れず、無言のまま隣をひたすら歩く。 対してエルバートは普段と変わらない様子。 自分のこんな姿にきっと呆れていることだろう。 エルバートに、ぽん、と頭を優しく叩かれる。 大丈夫だと言われているよう。 幸せだ。 こんな幸せがずっと続いて欲しいと願ってしまう程に。 そう思った時だった。 突然、フードを被り仮面で顔を覆った何者かが山林から現れ、 マントの裾を靡かせ、一直線に駆けてくる。 その者が握った短剣の先が鈍く輝く。 矛先は自分の胸元に向いている。 避けられない。 と、思った直後、 エルバートが瞬時に身を挺(てい)して前に出る。 すると鈍い音と共に短剣の先がエルバートの胸元に沈み込む。 フードを被った者が胸元から短剣を抜き、エルバートの体が傾く。 エルバートの崩れ落ちていく姿が、ゆっくりな動きに見え、まるで夢の中にいるようだった。 エルバートが地面に倒れ、麻紐でくくった銀の長髪がこぼれ落ちる。 ふと気づいた時にはフードを被った者はこの場から立ち去っていた。 「ご主人さま!」 フェリシアは叫び、しゃがむ。 「ご主人さま、ご主人さま!!」 何度呼び、少し肩を揺らしてみても返事はなく、両目を閉じている。 魔除けコートを脱がし、高貴な軍服の胸元を見るも血は出ていない。 けれど、予断を許さない状態。 祓い姫の姿で治癒の呪文を唱えた方がより救えるかもしれない。 フェリシアはブローチを右手で掴み、左手をその手に添え、口を開く。* * *しばらくして、闘技場に着いたエルバートとユリシーズは向き合い、立つ。だが、高貴な広い闘技場の観客席にはクロヌ皇帝、シトラス、ゼインはいるものの、フェリシアとディアム、そしてハロルドの姿が見当たらない。先程ユリシーズとは反対側の入口の前で心配そうな顔をしたフェリシアの頭を優しく撫で、必ず勝って下さいと言われ、任せろと、観客席で見守っていてくれと言い、ディアムにフェリシアを託し別れた。だから2人とも観客席にいなければおかしい。一体、どうなっている?気にはなるが、まずは決闘に集中せねば。エルバートとユリシーズは互いに鞘からスッと剣を抜く。「ではこれより、決闘を開始する」シトラスの言葉により、2人の決闘が幕を開けた。その直後、ユリシーズが地面を蹴り、エルバートに向け、剣を横薙に振るう。するとエルバートは剣でそれを難なく受け止め、押し返す。そして、剣を交える度に火花のような剣戟(けんげき)の衝撃が途切れることなく続き――、動きを見切ったエルバートはユリシーズの剣を瞬時に避け、剣を上段に構え、振るった。まさにその時だった。フェリシアとハロルドがエルバート側の観客席の出入口から姿を現し、エルバートは剣をユリシーズの頭上でピタリと止める。続いてディアムも出入口から姿を現し、フェリシア達に続いて通路を歩いていく。そして、観客席の中央でフェリシア達は足を止め、エルバート、ゼイン、クロヌ皇帝、シトラスは驚く。フェリシアのみ頑丈な紐により後ろで両手を縛られていた。「フェリシア!」エルバートは叫ぶ。「ご主人、さま……」「エルバート軍師長、ディアム殿は快く我に応じてくれた」「ユリシーズ殿下に傷を付ければ、フェリシア嬢がどうなるか分かるな?」ハロルドが問うと、エルバートは止む終えずユリシーズの頭上から剣を下ろす。するとユリシーズはエルバートに向けて剣を中段に構え、振るった。エルバートは瞬時にそれを受け止め、交差した剣を鬩(せめ)ぎ合わせる。
「では僭越ながら申し上げます」「魔を討伐し、テントに戻る為山道を歩いておりましたところ、何者かにフェリシアが襲われ、庇った所、暗殺されかけた次第にございます」エルバートの言葉を聞いたクロヌ皇帝とシトラスはそれぞれ両目を見開く。「暗殺だと!? それは誠か?」「はい、ここに証拠がございます」エルバートが剣先の欠片が中心に突き刺さったブローチを掲げると、クロヌ皇帝に命じられたシトラスが玉座の階段を降り、それを両手に取り、クロヌ皇帝まで運ぶ。そしてクロヌ皇帝がシトラスに意見を求め、シトラスはクロヌ皇帝に耳元で意見を囁く。「この剣先の欠片に装飾された高貴な太陽の模様はハロルド・ソレイユのものの証。ハロルド、短剣を今ここで抜き、我に見せよ」「承知致しました」ハロルドはそう言って立ち上がり、短剣を鞘から抜き、掲げる。すると短剣の先が刃毀(はこぼ)れしており、フェリシアを含め、クロヌ皇帝とシトラス、ユリシーズが驚く。(ハロルド様が、ご主人さまを刺した暗殺者!?)「そん、な、ハロルド様、どうして……?」フェリシアは震えた声で問う。「ユリシーズ殿下に頼まれたのだろう? 私を暗殺しろと」ハロルドが黙秘するとクロヌ皇帝が口を開く。「ユリシーズ、どういうことだ? 真実を述べよ」「さすがエルバート軍師長、察しが良いな」「全ては祓い姫であるフェリシア嬢を私のものにする為、予め、私のペルシャのような猫の式神をフェリシアの元へ放ち探らせ、魔の討伐は表向きとし、裏でエルバート軍師長の暗殺を目論み、昨夜、ハロルドに実行させた」「ユリシーズ! 貴様、皇帝の顔に泥を塗るとは! この皇国を滅ぼすつもりか!」シトラスが怒鳴るとユリシーズは笑う。「滅ぼすなど、とんでもない。フェリシア嬢が私のものになれば、この皇国は安泰となり、世界一栄え、皇帝も神の存在となろう」「よって、エルバート軍師長、貴方にフェリシア嬢をかけた決闘を申し込む」フェリシアを含めた全員が驚く。「そして皇帝には決闘をこの場で承諾して
* * *その後、エルバートはフェリシアと共にテントに到着し、ユリシーズ達と合流し、フェリシアとディアムのみ連れて特別なテントに入る。するとエルバートはディアムに全ての事情を話す。そしてディアムがゼインとアベルにその事を伝えるも、カイ、シルヴィオもアベルから聞いたのか、ゼインとアベルと共に特別なテントの中に入って来た。「軍師長、暗殺されかけたって本当ですか!? 心配しましたよー!」カイが声を上げながらエルバートの体を大きく揺らす。「うるさい、静かにしろ。他の者に聞かれたらどうする」「それにフェリシアは今、ここで眠っているんだぞ」エルバートが怒ると、カイは体を揺らすのを止め、黙る。「それでエルバート様、命を狙ってきた者の正体は分かったのですか?」ゼインが問う。「あぁ」エルバートはブローチの中心に突き刺さる剣先の欠片をゼイン達に見せると全員の表情が強張る。山道でも剣先の欠片を見てそういうことだったのかと気づいたが、ここは明るく、より剣先の欠片に装飾された高貴な太陽の模様が鮮明に見える。この天空山、何かあるのかもしれないと思い、様子をずっと伺っていたが、本命の魔も思いの外早く討伐出来たこと、そして流星群でフェリシアとふたりきりにさせたのも、全て計算の内か。まさか、“私の暗殺”が本来の目的だったとはな。「明日、宮殿に戻り次第、皇帝に報告する」エルバートはゼイン達に宣言した。* * *フェリシアは一晩、特別なテントに泊まり一夜を明かし、その翌朝。テントの片付けを手伝い、荷造り等々して下山し、行きと同じくゼイン、サフィラと馬車に乗り、高貴な馬に騎乗したエルバート、ユリシーズ、ディアム、ハロルドとその軍に守られながらエセリアル宮殿へと戻る。その後、しばらくして、皇帝の間に入り、玉座の階段前でゼイン、エルバードと共に跪き、ユリシーズとハロルドも後ろで跪いた。すると側近の代わりに皇帝の隣に立つ麗しき第一皇太子、シトラス・エセリアルが皇帝に目で合図を
「ル」「唱えるな」エルバートの阻止の言葉が聞こえ、フェリシアはエルバートの顔を見る。エルバートは目を開けていた。「ご主人、さま…………」フェリシアの右目からぽろっと涙が零れ落ちる。するとエルバートがむくりと起き上がり、涙を手で優しく拭う。「大丈夫、なのですか?」「あぁ、私は大丈夫だ。心配をかけたな」「でも、どうして…………」エルバートは高貴な軍服の胸元のポケットからフェリシアのブローチを取り出す。ブローチの中心に剣先の欠片が突き刺さっていた。「わたしが以前帝都でお渡ししたブローチ……」「そうだ。隣国は危ないと思い、魔除けコートから外し、こちらに入れておいたのだがやはり正解だったな」エルバートはブローチを持ちながら両目を瞑り、優しく微笑む。「お前のブローチが私の命を守ってくれた」「良かった……」エルバートは両目を開け、フェリシアを見る。するとフェリシアは涙ぐみながら笑う。「ご主人さま、ご無事でほんとうに良かった……」「無事ではない」「え」「お前からのブローチが割れてしまった。また直さねば」自分が渡したブローチを大切にして下さっていたことはとても嬉しい。けれど。「ブローチよりも自分のお身体を心配なされて下さい。左の手首が擦れています」「あぁ、倒れた時に擦れたのだろう。大したことはない」「念の為、体全体に治癒の呪文を掛けさせて頂けませんか?」「どうしてもか?」「はい、どうしてもです」エルバートは、はー、と息を吐く。「分かった。宜しく頼む」「クラシオン」フェリシアは両目を閉じて両手を広げ、治癒の呪文を唱える。すると強い光が発動した。両目を開けて見ると、エルバートの左の手首が擦
そしてフェリシアはエルバートの手の体温を感じつつ、流星群を見つめた後、手を離し、芝生に隣同士で座る。するとエルバートが手を重ね、ゆっくりと唇が重なり、両目を瞑った。* * *しばしの甘い一時(ひととき)は過ぎ、テントに戻る為、ふたりで山を降りる。思いもよらなかった2度目のキスに動揺が収まらない。エルバートの顔すら見れず、無言のまま隣をひたすら歩く。対してエルバートは普段と変わらない様子。自分のこんな姿にきっと呆れていることだろう。エルバートに、ぽん、と頭を優しく叩かれる。大丈夫だと言われているよう。幸せだ。こんな幸せがずっと続いて欲しいと願ってしまう程に。そう思った時だった。突然、フードを被り仮面で顔を覆った何者かが山林から現れ、マントの裾を靡かせ、一直線に駆けてくる。その者が握った短剣の先が鈍く輝く。矛先は自分の胸元に向いている。避けられない。と、思った直後、エルバートが瞬時に身を挺(てい)して前に出る。すると鈍い音と共に短剣の先がエルバートの胸元に沈み込む。フードを被った者が胸元から短剣を抜き、エルバートの体が傾く。エルバートの崩れ落ちていく姿が、ゆっくりな動きに見え、まるで夢の中にいるようだった。エルバートが地面に倒れ、麻紐でくくった銀の長髪がこぼれ落ちる。ふと気づいた時にはフードを被った者はこの場から立ち去っていた。「ご主人さま!」フェリシアは叫び、しゃがむ。「ご主人さま、ご主人さま!!」何度呼び、少し肩を揺らしてみても返事はなく、両目を閉じている。魔除けコートを脱がし、高貴な軍服の胸元を見るも血は出ていない。けれど、予断を許さない状態。祓い姫の姿で治癒の呪文を唱えた方がより救えるかもしれない。フェリシアはブローチを右手で掴み、左手をその手に添え、口を開く。
すると魔は瞬時に避け、尾の先のみが浄化された。しかし、怒った魔はフェリシアに向けて空中から物凄い速さで突っ込んでいく。まずい!「フェリシア!」エルバートは必死な声で叫んだ。するとフェリシアはブローチを右手で掴み、左手をその手に添え、唱える。「ルシア」その瞬間、右手の甲に印が表れ、神々しい光に包まれる。髪は美しいピンクゴールドに染まり、ベールが付いたリボンで両髪を少し編み込まれ、瞳には光が宿る。フェリシアは華やかな美しきドレスをまとった伝説の祓い姫の姿となり、エルバートの瞳により美しく映った。魔は光で眩しがりながらも突っ込んでくる。「シルト」フェリシアは守りの呪文で魔を遠ざけ、祓い姫の姿のまま浮かび上がっていく。「今度はわたしが守ります」エルバートはフェリシアを見守り、フェリシアは浮かび上ったまま手を前に出し、唱える。「消滅せよ(イレーズ)!」その瞬間、フェリシアの祓い姫の力で魔は吹き飛ばされ、浄化されていく。やがて魔は光となり、流星群が降り注いだ。* * *「フェリシア嬢、天空に浮かぶ女神のように治癒の呪文で軍の命まで救って頂いたこと、感謝致します」ユリシーズが礼を言い、黒髪に戻ったフェリシアは恐縮する。「では先にテントに戻ります」「ディアム、ユリシーズ殿下とゼイン殿下を守れ」「はっ」エルバートに命じられたディアムは短く返す。「流星群をおふたりでどうぞご堪能下さい」ユリシーズは、にこりと笑うとゼイン、ハロルド、ディアム、サフィラ、軍達12名を連れて歩いて行く。(まさか、ご主人さまと流星群を見ることになるだなんて。まるで討伐後のご褒美のよう)ふたりきりなると、静かに冬風が吹いた。フェリシアの長い黒髪とエルバートの麻紐でくくった美しい銀髪が微かに揺れる。「ご主人さま、流星群、とても綺麗ですね」「あぁ、お前とこの景色を見られて良かった」細い流れ星が夜空に幾度も輝き、お互いの手が